吉田ヒデヒト農園




おばぁの昼ごはん

Category : お福分け, 日々のはじっこ · No Comments · by 9月 14th, 2017

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吉田ヒデヒト農園の愛読書『うかたま』の中の《おばぁの昼ごはん》が今回で最終回とのこと。

あぁ、寂しい…。

このシリーズを読むのが楽しみで、うかたまが届くと真っ先に読んでいました。

登場するおばぁたちそれぞれの半生と、戦争のこと、今の暮らしのこと、生きることと食べること…そのエッセンスが4ページにギュッと凝縮されていて、味わい深く、すごく読み応えがあるのです。

あたいぐぁー(家庭菜園のこと)もしながら、毎日の食べるものをこしらえ、家族や友達にふるまうその姿は、しっかりと地に足ついて周りを照らす灯台みたいだなぁと思います。

写真はおばぁたちの可愛くて美しい一瞬をばっちり捉えているし、なによりも、以前帰沖の際に偶然お会いしたこともある、アイデアにんべんの黒川祐子さんの記事が毎回グッときます。

おばぁたちの話を柔らかく受け止めて主人公として色鮮やかに際立たせながらも、取材する祐子さん自身の視線と気持ちも記事の中にひそやかに織り込まれていて、つい顔がほころんでしまう。

(第7回の、宮城道子さんが作って食卓にたくさん並べたご馳走を「眺めているとヨモギ餅のように気持ちがまるくなる。」と書かれていた箇所は、何度も読み返してしまうほど素敵だと思う。)

最終回といわず、まだまだ読みたいなぁ。。。

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そんな大好きな連載のことも頭の片隅にあり、こないだ沖縄に帰ったとき、私の94歳になるばあちゃんとゆっくり話してきました。(うちでは、曾祖母をおばぁ、祖母をばぁちゃんと呼び分けています)

私たちのことをいつも気にかけてくれていて、内地が大雨だとあんたたちのえごまの畑が心配さー、いつも天気予報は内地のも見るよー、と言ってくれたのをきっかけに、

ばぁちゃんの子供の頃は畑で何作りよった?豚もいた?と聞くと、記憶のフタがパカン!と開いたかのように、出てくる出てくる!!

「ばぁちゃんの小さい頃は、家族たくさんいて、食べるもの何でもつくりよった。とうふまーみー(豆腐豆、大豆のこと)は田んぼの傍にたーくさんつくって、うちで豆腐もやりよった。あれが美味しかったさー。」

「ごぼうもたくさんやったよ。でもあれは掘るのが難儀。子供が掘るのは大変だった。」

「昔はねー、豚も大ご馳走。めったに食べれんから。食べられるときは嬉しかった。ずっと食べていたかったね。」

「芋はよく食べよった。朝いっぱいふかして、朝も昼のお弁当も、夜も食べた。」

そして、話は戦争のときのことへ。

沖縄戦の始まりかけたとき、うちのばぁちゃんは花の乙女18歳。

沖縄戦が始まる前にテニアン島へ移民していたじいちゃんのところへ、何日も船に乗って、お嫁入りした。

嫁いだ先は、家族総出でサトウキビのいわゆるプランテーション農業をやっていて、もちろんばぁちゃんもその一員に。

「キビ畑は広かったよー、家族全員でやりよった。太陽のぼったらすぐ畑行って、昼もうちに帰ってるヒマないから芋の弁当持って行って。」

「夜も月が出ているときは明るいからやったさー。機械もないから全部手で。働けるときはずっと働かないと間に合わんかった。」

「キビ刈のときは、隣近所みんなで、はい今はあんたのとこの畑、次はうちの、ってから。」

「戦争が来たときは、怖かったさー。海から、パラパラパラって弾が飛んできて、みんなでキビ畑の中に逃げて。」

「(背の高い)キビの中に隠れても、パラパラパラされる(機関銃で狙われる)から、隠れながらどんどん逃げたよー。」

「夜逃げて、朝なったらキビ畑全部焼かれていた。畑が真っ黒なって、なんにも無くなって。」

テニアンで戦争にあったばぁちゃんは家族みんなで、命からがら船で沖縄へ引き揚げることになった。船の出る3日前、私の父をテニアンの病院で産んでいる。

「産んですぐ船乗りよったさ。船の中で産湯使いたいと言ったら、家族がお湯もらってきてくれて。でもあの時分は何も無いから、産湯入れてたのは軍の鉄兜だったさ。」

「沖縄帰ってきてもなんにも無くなってたよー。全部焼け野原。(ばぁちゃんの)お母さんも、親戚も亡くなっていた。」

「なにも仕事ないから、なんでもしよった。特にうちのじいちゃん(夫のこと。じいちゃんは77歳で亡くなった)はなんでも出来る、立派だったよー。」

「じいちゃんがたまたま裁判所の仕事もらって、そこでは米軍の缶詰なんかも貰えよったから助かったさ。(終戦後、食料不足から米軍の基地内に忍び込んで缶詰などの物資を盗む人が多かったらしく、捕まった人は裁判所に連れてこられて盗品は取り上げられた。その盗品を米軍に返すこともあれば、こっそり貰うということもあったよう)」

「でも缶詰は特別だから、家族全員にはあたらんさ。じいちゃんのお父さんお母さんにまずあげて、余ったのをちょっと食べる。」

「子どもたちはみんなお腹すいて、ひもじかったはずよ。ばぁちゃんたちも一生懸命ごはんあげよったけど、足りないのは、山行ったり川行ったりして自分でとって食べてたんじゃないかねー。」

この話をしてくれながら、傍らのTVでは、北朝鮮のミサイルが~、という報道が延々と流れていた。

「戦争にならんかねぇと毎日心配だぁる。こんなしてTVに出てる人たちが戦争は絶対やりませんと、なぜ言わんかねぇ。」

「戦争はだめよー。怖いさぁ。誰も幸せにならんでしょう。戦争が一番だめ。」

 

 

 

 

 

吉田ヒデヒト農園の夏休み

Category : お福分け, 日々のはじっこ · No Comments · by 9月 9th, 2017

皆さんお元気ですかー?

お山の上、福地ではこの夏は結構雨続きで、夏らしさをあんまり感じられなかったのですが、

沖縄の旧盆に合わせて、タマの実家へ里帰りしてきました!

沖縄の海と空

旧盆はみんなで揃って、うーとーとー(手をあわせて)して、

美味しいものもいっぱい食べて

エイサーも見て、

吉田ヒデヒト農園は沖縄で夏を満喫してきました!
おかげで、元気いっぱい、チャージ完了!!

さあ、収穫までもう少しの期間、えごまたちと共に今度は秋を楽しみます♪